食べ物

サコ + トノ









草木も眠る丑三つ時、三成さんは気だるそうに寝返りをうちました。そのとき、三成さんの目に信じられないものが目に入りました。


「……!」


起き上がった三成さんは、まじまじとそれを見つめ、隣で眠る左近さんを起こすべく顔をぺちぺちと叩きます。


「さ、さこ! おい左近起きろ!」
「んー……ふふ、殿のわきは駆け巡る大地の香りあるいは盆栽の香りですよ。大丈夫です」
「どこが大丈夫か教えてもらいたいからとりあえず起きろ!」
「いやだなあ殿ったら。誰が琵琶湖くさいなんて言いましたか」
「誰も言っていない!」


どうやら左近さんは夢の中のようで、三成さんと会話がかみ合いません。しかし左近さんの表情は実に幸せに満ちております。
頬を叩くだけでは間に合わないと感じた三成さんは、左近さんの肩を掴み揺さぶり始めました。


「起きろー! 起きろー!」
「うふっ、ぐふっ、ごっ……、おぼっれるっ」
「溺れるな!」
「ぼふっ、うっ、殿の鼻水なら左近もリアルに本望ですからっ」
「やめろ!」


どうやらこれほど揺すっても目が覚めないようです。
挫折した三成さんは一旦手を離し、左近さんを寝かせます。それから決死の思いで体を反らし、頭から左近さんの額を目がけてつっこもうとしました。それを人は諸刃の剣(頭突き)と言います。


「アハハハハハハ」
「っ」


今にも額と額がぶつかりそうになったとき、突然左近さんが高笑いをし始めたので、三成さんは体を大きく震わせ、その発案を断念しました。


「アハハッ、ははっ……、殿、そのダジャレすごいです……すごいおもしろいです……もっかい言ってください……、ええ、すごい素敵。惚れ直しました」
「……」


三成さんは頭を抱えながら、掛け布団に抱きつく左近さんを眺めます。とても戦場で猛威を奮う鬼の左近には見えないのですが、三成さんはそれよりも不安なことがありました。
なりふり構っていられないことを察したのか、三成さんは左近さんの耳元で小さく囁きました。


「十数えるうちに起きなかったら貴様の大筒を握りつぶす」


物騒なことを言った三成さんは、小さくカウントダウンを開始します。それでも左近さんは夢の世界のお友達と別れるのが辛いのか、帰ってくる気配はありません。


「四、三、二、一……。執行だ」


楽しそうな笑顔で三成さんは、布団の中をまさぐり、目当ての物を見つけ力いっぱい握り締めました。


「ぎゃあああ……!」
「やっと起きた!」
「とっ、殿! なにするんですか不能になったら謝罪と賠償を要求しますよというか左近が不能になって困るのは誰ですか殿ですよね?! ね?!」
「うるさい! 緊急事態だ些細な犠牲はやむおえん!」
「些細な犠牲?!」
「出たのだ!」
「……なにがですか」
「ヤツが」


冷や汗が三成さんの頬を伝い、重々しい雰囲気に左近さんは呑まれそうになりました。
三成さんの一言で理解できたのか、左近さんは疲れきった顔をして布団の中にリターンしてしまいました。


「ゴキブリ一匹でそんな大騒ぎしないでくださいよ……。女子じゃあるまいし」
「さこ! ばか! 普段『キレイな顔して』とか言ったりネコ扱いしておいてこういう時は男の扱いをするなんて!」
「殿は男として扱って欲しいって普段から言ってるじゃないですか……」
「それとこれとは話が別だ! さっさと駆除してくれ!」


必死に食い下がる三成さんを鼻の先であしらっていた左近さんですが、あまりに三成さんが大騒ぎするのでさすがに参ってしまったのか、ため息をつきながらまた起き上がります。
三成さんはパッと顔を明るませ、期待の眼差しを向けます。


「どこに出たんですかー?」
「左近、頼りにしている。そこの壁だ。はいスリッパ」
「あーもう、時代が違うっていっつも言っているのに……」
「いいから!」
「でもいませんよー?」


左近さんはスリッパを手に、三成さんが指した壁を上から下まで眺め回します。
しかしお目当ての彼は現れず、左近さんは大きなため息をつきました。


「出たー!」
「どこですかあ?」
「出た出た出た早く退治!」
「だからどこですごはっ」
「あ」


すっかり興奮しきった三成さんは、左近さんを標的目がけて突き飛ばしました。


「……さこ?」
「……ほげああああ! べっ」
「食ったのか?! 食ったのか?!」


どういうわけか、ゴキブリのほうが驚いてしまったのか羽を羽ばたかせ、見事左近さんの口の中へ飛び込んでしまったようです。
左近さんは畳の上で突っ伏し、三成さんはその場で呆然と立ち尽くしました。


「……食ったのか?」
「……吐き出しました」
「……おやすみ」
「おやすみなさい」


三成さんは布団に入り、まぶたを下ろしました。
左近さんはというと、スリッパでゴキブリを叩き潰し、無言で口をすすぎに部屋を出て行きました。







08/09