尋常茶飯事
左近 + 三成
「…はあ」
(ここのところずっと殿が悩んでらっしゃる。一体なにがあったんだ?)
「…どういうこと、なんだろうか」
(独り言も多くなってきているし、深刻な悩みなんだろうか)
「わからん…。俺はどう答えればいいのだ…」
(答える?なにかを問われて悩んでいるのか。珍しい、殿があんなに悩むなんて)
「普通じゃいけないのか…、俺にそれ以上のどういった感情を求めているんだ…?」
(なにかを求められているのか?感情?…もしかして、誰かが殿に秘めた想いを告げたのか?!)
「…どうすればアイツの異常なまでの想いに答えられるんだ!」
(うわっ、怒鳴りだした。…しかし、殿をあんなにやつれさせるほど悩ませるなど…不届き者め…!一体どこのどいつだ?!)
「殿、外まで聞こえましたぞ」
「左近か。聞こえていたか?」
「はい」
「そうか。…俺は、どうしたらいいのだ」
(わ、答えを求めてきた。…しかし、ここのところずっと悩んでらっしゃる。こうやって人に答えを求めてくるのも、アリ、か)
「殿はその人のことをどう思ってらっしゃるんですか?」
「ゴミ」
(うわっ!辛辣!)
「あるいは、邪魔な存在」
(相当辛辣だなオイ)
「殿の天下取りの障害物」
(そこまで?!)
「ならばハッキリそう言って断ればいいじゃないですか」
「それが出来ぬのだ。俺の沽券に関わるからな」
(うーん…、よくわからない人だな)
「じゃあ、殿はどうしたいんですか?」
「殺したい」
「は?」
「再起不能になるまで、殺したい」
「これまた…、物騒ですね」
(そこまで邪魔に思われてるのに殿に想いを伝えるなんて…、誰だよホントに)
「物騒、か。そうだな。しかしそうでもしなくてはつとまらん」
「はあ…」
(いやホントによくわからない人だ)
「殿はその人に想いをぶつけられてどう思いましたか?」
「うざい、消えればいい」
「それだけ?」
「んー…、意味がわからない。とも思ったな」
(ああ、この人は人の感情を感じることがヘタなんだ)
「理解できなかった?」
「…そう、だな」
(まっすぐに前を見つめすぎる。周囲もそれで当然だとすら思っている。その愚直だとすら思えるところに、惚れちまったんだがな)
「殿は、まっすぐですな」
「褒めているのか?アイツらが意味がわからんだけだ」
(アイツ…ら?!複数から?!誰だよ!)
「と、いうと…。一人ではないのですか」
「ああ、戦場に赴くたびにいつも言われる」
「戦場で?!」
(おいおい、なんでそんな場所もわきまえずに言うんだ。本当に誰だよ)
「そうだ。いつもヤツらはこう言うんだ。『いざ、尋常に勝負!!』と」
「………は?」
(………なんだって?)
「『尋常』に勝負ってなにごとだ?普通に勝負してはいけないのか?俺はヤツらの思いに尋常に答えなければならぬのか?」
「殿?」
「なんだ」
「尋常、の言葉の意味を理解していますか」
「とても立派なこと、かなりな程度、だろ?」
「それだけですか?」
「は?違うのか?」
「国語辞書ひいてください」
「生き字引が目の前にいるのに?」
「俺ですか」
「そうだ」
「…あのですね、尋常っていうのは特に変わったところもない、普通、並、当たり前、という意味でして…」
「なに?」
「尋常ではない様子。とか言うでしょう。それは普通ではない様子、という意味でして」
「そういえばそうだな」
「尋常に勝負、とかで使う尋常は『立ち振る舞いが立派である』とか『見苦しくない』とかそういう意味なんですよ」
「………左近」
「なんですか」
「俺は、とんだ罪を犯してしまった」
「というと」
『いざ、尋常に勝負!!』
『尋常ってなんやねーん!』
「と、言ってしまった」
「…罪は、償うことができます」
「そうか。よかった」
「とりあえず、勉強しましょうね」
「ああ、助かった」
(人騒がせな人だ…)げっそり