変な男がいたものだ。


 その飛びぬけた外見も、もちろんだった。
 なにしろ俺のこの桑茶の髪ですら珍しい。光に透かせばこれに近い色になる人間は多いが、普段は黒緑の美しい髪が常道。俺は光に透かすどころか、普段からこの色だ。あれはなんという色と言えばいいのやら。瓶覗か? 勿忘草色? 秘色色? いや、もっとわかりやすく、空色か?
 生まれ持ったものだけではない。長身で細身で目立つ男だったが、それだけではない。
 命を賭す戦場において、三味線をふるうなど聞いたことがない。
 俺の鉄扇もはなはだ面妖だと思われるかもしれないが、三味線ほどではない。纏めれば一撃必殺の重い打撃が打てるし、大人数に囲まれた場合、開いて使用するなりうまく投げるなりすれば遠近両用といった意外な使い勝手のよさがある(それもわからずに嘲笑う武辺者はやはりクズだ)。
 そういった俺だから武器は刀、槍、鉄砲と相場が決まっている、などという頭の硬い考えは持っていない。その俺でも思わず首をかしげてしまった。
 とにもかくも、あの男は全てが奇妙頂礼だった。


「変わった男だな」

 俺が粉骨砕身、と言えば大仰だがせっかくも言葉を連ねて変だと断じた男が、俺を変わっていると言う。実に奇妙な出来事だと思った。

「貴様に言われたくはないな」
「変わっているな」

 至極真っ当な返答のつもりだったのだが。

「あまりそう考えたことがない。誰もがそうだろう」
「それを考えるのが嫌いだな、お前。お前は変わっている」

 別に困りはしないが、俺はこの男と会話することが不可能のようだと悟った。相手にするのはとんでもない時間の浪費と考えても良いのだろうか。
 いや、別にこいつの言っていることの意味がまったくわからないわけではない。端的に言えば、俺は俺のことを考えるのが嫌いだという意味合いだろう。そして最終的に、俺の『他人が何を考えているか想像ができない』ということについて話が向かうのかもしれん(こういうことは予想できるのだが)。この手の話はあいつにさんざんされる。

「少々無理難題が過ぎるな。突然『変わっている』などと言われてすぐに『ああ、自分のこういうところがか』と思い当たる人間などいやしない」

 俺はそこまで自分を意識したことがない。

「やや凄絶に違う」
「はっきりしろ」
「少し凄絶に違う」
「変わらん」

 なんなのだこの水掛け論は。
 言いたいことはわかる。俺の想像したこととこいつの想像することは食い違っているということだ。少しだか、ずいぶんと食い違っているのかいまいちわからないが。

「やや違うと思った要素についてだが」

 なんだ、二点不満があるぞ、という意味だったのか。

「割と多くの人というものは、自分を変わっていると思いたがるものではないか、と思う。そういう意味でお前は変わってるな、と」

 なんだそれは。
 多くの人間がそうかもしれないという自分の推察で、俺を変わってるなどとのたまったのか。この男。ずいぶんと自信家だ。
 確かにそういう人間もいるだろうが、そんなに多いものだろうか。まあ、先ほど自分でも思い出したとおり、他人を観察する力が著しく欠如している俺だからわからないだけかもしれんが。だが俺は俺を変わっていると思ったことなどほとんど無い。たまに、歩くときに自分の規則を決めてその通りに歩き続けるとかしているとき、変なのかもしれないとうっすら考えるくらいだ。

「次に凄絶に違うと思った要素だが、お前は自分のこともまったく興味がない」
「自分のこと? 興味がないわけなかろう」
「いや、お前は自分にまったく興味がない」
「俺が健康を保つためにどれほど自分に興味を持っているのか、貴様が知らんだけだ」

 なんだ、この猛烈な悪寒は。
 この男の目、気持ち悪いほどに俺を射抜いている。なんなのだ、この感覚。俺を見抜いているとでもいうのか。あいつだってこんな目はしないぞ。身内ではないからこその無遠慮か?

「そういう意味ではない。お前は自分自身に抗うことはしたことがない。自分自身の理屈を絶賛する自分しかいない。自分に抗う自分がいなくては、成長など皆無」
「意味がわからんな」
「自分の内面に興味がとんとない。だから自分自身に抗う自分も生まれない」
「葛藤くらいする」
「その葛藤は自分自身の理屈と他人の理屈の葛藤」
「何が言いたい?」
「お前は変わった男だな」

 結局そこに帰結するのか。
 だが言われてみるとそんな気も……、と一瞬でも思ってしまった自分など破滅しろ。なぜこんなわけのわからん男の理解しがたい思想に感化されそうになっているんだ。だが、一理あるとも言えなくもないような。
 なんだこれ。

「上等上等。その調子だ」
「なにがだ」
「お前は、今、葛藤している。俺の言葉に揺らぐ自分と、そんなばかなという意固地な自分。そういうこと」
「それは自分自身の理屈と他人の理屈の葛藤だろうが」
「む」

 何、自分で言ったことを忘れるんだ。一日も経っていないというのに。とり頭だな、こいつは。

「慣れない言葉は使うものじゃないな。俺が言いたいのは、つまりだな……、なんというか……」
「……」

 なんだなんだ。
 先ほどまでの、心臓を縮み上がらせそうなくらい見透かした目をしてきたこいつが、急にただの人間じみてきた。さっきまでの圧倒的な雰囲気はどうしたのだ。ま、圧倒などされておらんがな。

「慣れない言葉など使うからだ、クズが」
「……お前を見ているとこっちまで気難しい気分になる。おかげで俺はここのところずっとそんな気分だ。凄絶な土下座を希望する」
「どんな土下座だ」

 なんでそんな気分になってまで、俺を見ていたんだか。やっぱりばかだな。


「つまり、お前は変わっている男だと俺は結論したわけだ。石田三成」
「そういうお前も変わっている男だな、長宗我部元親」







01/04
「元親×三成」(朝日さま)