kon

 俺はさほど忙しくないので、三成さんもけっこう暇だ。なんだかんだなにかしらやることを見つけてはあちこちに走り回っているが、たいして重要なことでもない。というよりも、三成さんはたいていのことは簡単にこなしてしまうので、すぐに暇になってしまう。
 そうやって毎日のんびりと過ごしているが、不思議なことに退屈はしない。いや、暇と思うことで忙しいとかそういうヘリクツを言うつもりはない。三成さんと愉快なお友達を見ているとなんだか楽しくってしかたがない。
 隅っこで寝転がっていたきつねのコンは、彼を見つけると飛び起きてそばに近寄っていく。ほとんどの場合は三成さんが追い払うので大人しく俺の近くで遊んでいるのだが、今日は違ったようだ。珍しく三成さんがコンにかまっていた。

「なにをしてるんですかね?」
「……最近少し太ったかと思いまして」
「三成さんが?」
「コンが」

 ああなんだ。三成さんが太ったからコンと遊んで燃焼しようとしていたわけではないんだな。そういう人ではないとわかっていはいたのだが、期待をするのは自由だ。
 最近はめっきり三成さんの横柄な口を聞けなくてつまらない。その横柄さがおもしろそうだと思ったんだが、噂とはやっぱり信じるに値しない。彼はたった四百石で召抱えた俺にだって律儀に接してくる。別に、それはそれでいいのだが、なんかこう、不完全燃焼なものがある。
 そんな俺のもやもやなんて三成さんには関係がない。指先にじゃれついてくるコンを巧みな動きで翻弄している。それはそれは嬉しそうに遊ぶコンが羨ましいのか、先ほどから障子の影からテノヒラがこちらを窺っている。ネコ(どの名前のネコかはわからない)もタンスの上からこちらをジッと見ている。
 なかなかつかまえられなくて、痺れを切らしたのかコンは三成さんの腕に飛びつき、楽しそうにしっぽを振った。三成さんはあまり大きな挙動は見せず、静かにコンを引き剥がした。
 ネコが一匹、三成さんに近寄った。ネコがひとつ鳴くと、三成さんは顔をしかめる。

「どうか?」
「いや……、一が帰ってこないらしく」
「ネコですからねえ」

 こうしてネコたちと会話する三成さんにもすっかり慣れてしまった。改めて考えると確かに不思議は不思議なのだが、眺めているうちにどうでもよくなってくるものだ。彼はそういうものなんだ、と思えれば満点だ。
 三成さんは少し心配そうに俯いていたが、しばらくして得心したのか「そうですね」と呟いてネコと遊びはじめた。

「テノヒラ? どうした、こっちへ来い」

 ふと、こちらの様子を窺っているテノヒラに気がついた三成さんはテノヒラを手招き、ポテポテと近寄ってきたテノヒラを抱き上げた。

「ん?」

 パタ、と三成さんの頬になにかが垂れる。動物だし、ヨダレなんかはよくあることだ。だが、その液体は赤く、血であるようだ。
 そういえば、クマって雑食だなあ、とのん気に考えるよりもはやく三成さんが叫んでいた。

「テノヒラ、お前、口が血だらけ!」
「なにか食べたんでしょうかねえ」
「……歯が抜けたのではないのか?」
「それだけだったらそんなに血はつかないでしょうに」
「そうか。なにか食ったのか。で、なにを食ったんだ?」

 三成さんは胸を撫で下ろし、手ぬぐいでテノヒラの口元を拭う。甘えているのかテノヒラはごろりと寝転がり、手足をばたつかせる。なんだか無性に動物になってみたくなってしまった。
 動物というものはいい。まず理性が無きに等しい。あれこれ我慢なんてしないで、自然体のままに振舞う。社会は恥がどうとか知らないけど、ともかく俺は少々窮屈である。それでも、いざ動物になったならば、俺は人間であることを望むのだろうな。考えるだけ時間の無駄だった。

「なんだって!」
「わっ、どうか?」
「一が怪我をしていて動けないらしい」
「で、一はどこに?」

 彼は動物なんて別にどうでもいいよお前たちついてくるなら勝手にしな俺はどうでもいいんだから。なんてことをよく口にしているが、ネコ一匹のために声を荒げたり、わたわたと意味もなく腕を振り回して焦ったりする素直になれない人だ。少し冷静さを欠いているようなので、必要な情報を聞き出すように導けば、彼はテノヒラを抱え、いくつか言葉を交わすと脱兎のごとくその場から消えてしまった。
 残された俺と、コン、ネコたちは間もなくして三成さんを追いかけはじめた。
 廊下を走っていったものだと思い、とりあえず廊下に出てみたのだが姿がさっぱり見えない。意外と足が速いらしい。
 どちらに行ったらいいものか悩んでいると、コンやネコたちが庭に飛び降りて、床下にもぐっていってしまった。

「……え、いや、まさか」

 まさか床下なんてそんな。もし三成さんが本当に床下にもぐっていったなら、そんなことしないで畳を外して畳床を外して(外せるものかどうかは知らないが)なりなんなりすればいいものを。
 信じられない気持ちのまま、とりあえず床下を覗いてみたが、真っ暗でさっぱりわからない。まあともかく存在を確認できればいいのだ。

「三成さーん? いらっしゃいますかー?」
「あ、ああ、います。すみませんが、足を引っ張ってもらえませんか」

 どこに足があるんだろう。
 汚そうだし、なんか知らない虫が出てきそうで一瞬ためらったが、手探りで三成さんの足を探した。そこで、妙にふさふさしたものを見つける。

「ひ!」

 なにか変な生き物がいる、と柄にもなく動揺したが、そのふさふさしたものはどうやらコンだったらしい。なんだか楽しそうに顔を見せたコンを見て俺を深くため息をついた(驚かせるなよ)。まあコンがいるなら彼も近いのだろう。そう思い直し、再び手探りで彼の足を探し回っていると、硬質なものに触れる。これは柱だ。数度の挫折を経て、ようやく彼の足を発見した俺は、いい加減肩が疲れてきたので特に深く考えずに力強く彼の足を引っ張った。

「うおお……!」
「え? なに、なにがあったんですか? クモとかいました?」

 突然叫んだ三成さんに一抹の不安を覚える。
 ともかく早く引っ張り出してやらねば、と引っ張るのだが、なにかにつっかかっているらしくちっとも動かない。

「……すまん、その、いい具合に、股が、柱に」
「……あら」

 柱に股が引っかかっていたらしい。そんなことも知らず俺は無神経に彼を引っ張っていたのかと思うと、なんだか非常に申し訳ない気持ちになった。
 なんのかんのの苦労を経て、ようやく太陽の下に帰ってこれた三成さんは少し太ももの付け根を気にしていたが気にしたところでどうにかなるわけではない。それよりも彼の腕の中にあるふっくらとした手ぬぐいのほうが心配である。
 テノヒラの話では一が怪我をしていたとかだった。

「で、一のほうは?」
「ああ、いや怪我ではなくて、子供が」
「子供が?」
「なんか、子供が出来てて。床下で子育てとかしてるようなので、あまり近寄るなと言われまして」
「はあ……。それで、怪我はなかったんですね?」
「ええ。テノヒラが興味本位で近づいたら、気が立っていた一に引っかかれただけのようです」

 ああ、なんだ勘違いしたのか。手負いの獣というものは気が立っているものだから、テノヒラはそう勘違いしたのか。
 なんともしてやられた感はあったが、深い怪我をしたというわけでもなかったし、よかったよかった。

「しかし、ネコ、増えるんですか」
「……増えますね。しかも、小さいうちは言葉が通じないのでどうしたものでしょうか」
「……」







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(kon / 五万打フリリク完了。ありがとうございました!)