チャイプレの双子話

 弟ができたと聞いたとき、そのときはさして興味はなかった。俺には兼続という双子の相棒がいたし、子供というものは(当時子供だったくせに)嫌いだった。同年代の子供は、鍵っ子だとか母親がどうとか、そういう無神経なからかいをするから特に嫌いだ。
 新しくできた弟がそんな低俗なからかいなどするわけがないとわかっていても、あまり歓迎はしていなかった。そんな俺とは対照的に、兼続は弟と聞いて目を輝かせていた。そのときは、妹も欲しいと父さんに無茶を言っていた。
 そしてしばらくして、弟がやってきた。
 本屋さんで育児の本をたくさん買ってきて、父さんに俺たちがどんな感じだったかを詳しく聞いて、シワひとつないように子供用のベッドを整えていた兼続はもちろん喜んだ。それが非常におもしろくなかった。

「ほら兼続、弟の幸村だ」
「幸村!」
「そうだぜ。今は寝ているからあんまり騒がしくすんなよ?」
「わかった!」

 ベッドの上に寝かされた幸村という弟を、なにが楽しいのか知らんが兼続は満面の笑みで眺めている。幸村がわずかに身動ぎをすると、兼続が大喜びした。……せっかく整えたシーツがぐちゃぐちゃになってなにが嬉しいんだか俺にはわからん。

「三成はいいのかい?」
「……別に。寝ているだけだ」
「赤ちゃんは寝るのが仕事だからなあ」

 父さんはいつものように豪快に笑って、ソファにどっかりと座った。所在無く立っていた俺だったが、とりあえず父さんの隣に腰を下ろした(父さんは二人分を遠慮なく占領しているから、俺ははじっこでちんまりと座っている)。
 兼続はまだ飽きずに幸村を眺めている。
 なんだかおもしろくない。兼続の弟なのは俺も同じなのに。

「お、どーした? 機嫌悪そうだねえ」
「別に」
「ははっ、ヤキモチかねえ?」
「そんなことはない!」
「……ぶあああああ!」

 からかった父さんを怒って大きな声を出した。そうしたら、突然幸村がけたたましい声をあげて泣き始めた。ベッドの中を覗いていた兼続は驚いてひっくり返っている。父さんは「やれやれ」と呟いてベッドに近寄り、軽々と幸村を持ち上げた。
 父さんが大きいからかもしれないが、幸村が妙に小さく見えた。人間は産まれたときはとても小さいくて、もろい。そういえばテレビが言っていた。知能が高い生物ほど一度の出産で生まれる個体数は少ないと。そう考えると、幸村はその貴重な一人なのだ。
 ……でもなにかおもしろくない。

「はいよしよし、どうしたんだあ?」
「ぶあああああ!」
「あー……、まいったなこりゃ」

 幸村はなかなか泣き止まず、父さんは珍しく困っていた。いっつも楽しそうでなんでも笑い飛ばす父さんがあんなに困るなんて。
 心配そうに幸村を見上げていた兼続が、突然父さんの足元をうろちょろしはじめて、両手を高く持ち上げた。

「私が抱っこする!」
「いいけどよ、落とすんじゃねえぞ?」
「うん」

 兼続は幸村を抱きかかえ、本で見たようにゆらゆらとあやしている。けれど幸村はいつまでたっても泣き止まないし、微々たる力だが手足を動かしている。いつまでも泣き止まない幸村に、兼続も泣きそうになっていた。
 なんだか無性に腹が立った。わがまま。すっごいわがままだ。父さんがあんなに困っているのにいつまでもグズグズ泣いて、兼続がとっても優しくしているのにそんなのお構いなしで。

「俺、お前、嫌い」
「三成! 弟が嫌いなのか?」
「嫌いだ。父さんと兼続を困らせるばかは嫌いだ。大嫌い」
「私も父さんも困ってなんかいない。これが赤ちゃんというものだ」
「赤ちゃんは泣くのも仕事だからねえ」
「ぶああああ!」
「……」

 うるさい。俺と兼続が話しているのに、邪魔するな。
 厳しく睨んでやったけれど、幸村はさっきと変わらないまま泣いている。人間を従えるにはより強大な恐怖が必要だって、この間読んだ本に書いてあったのに。なぜうまくいかない。

「ほら、三成も抱いてあやしてみろ。かわいいぞ」
「そんなものいらない」
「ものじゃない。幸村だ」
「そんな幸村いらない」
「幸村はこの子しかいない」
「揚げ足を取るな!」

 自分の感情が理解できない。
 幸村に対する幾ばくかの興味と、苛立ちと、申し訳ない気持ち。興味があるのは、初めてみる赤ん坊というものだからだ。苛立ちは、父さんと兼続を困らせている元凶であるから。申し訳ない気持ちってなんだ。わけがわからん。
 俺はお前なんか抱きたくない。

「いいから、抱いてみろって」
「あ、ちょ、お前」
「ぶああああ!」

 俺の葛藤なんてつゆいささかも知らず、兼続は俺に強引に幸村を抱かせた。小さく見えた幸村だったが、俺からしてみれば結構大きくて、意外と重かった。そして暖かい。
 不思議なことに、俺が幸村を抱いてほんの少しすると、幸村は先ほどまでのかんしゃくが嘘のように静まり、なにが楽しいのか知らんが俺の顔をぺたぺたと叩いている。

「おお! 三成に懐いた!」
「よかったねえ、三成。お兄さんになったんだ」
「お兄さん? 俺が?」
「そうさ。お前は兼続の弟で、幸村のお兄さんだ。それは絶対に変わらんだろ?」

 その言葉を聞いて、ふと、さっきまでのイライラが嘘のように消えていたことに気付いた。なんのイライラだったのか、わかるようでわからない。けれど、この幸村という弟が少しかわいらしく見えてきたことは確かだった。

「……なんか、ニオイが」
「おしめ!」







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チャイプレの双子話(三成視点での過去話)