お前なんか大好きだ

山犬が出てこないけれど、とっても不憫であわれな話









兼「……」

幸「……三成殿、三成殿」

三「なんだい幸村」

幸「いつも優しい眼差しの兼続殿が今日に限って般若のごとく険しい目をしてらっしゃるのはなぜですか?」

三「それはお前に近寄るハエを睨み殺すためだ」

幸「いつもご機嫌の兼続殿が今日に限って不機嫌なのはなぜですか?」

三「ああ、それはね、お前にハエが近寄ったからだよ」

幸「……どこだっ」

三「今はもういないがな」

幸「そうですか。よかったです。……あの、ハエにたかられても私は不潔なものではないですよ?」

三「そんなことは知っている。お前はむしろ逆の、天使だ」

幸「私は天使なのですか?」

三「ああそうさ。お前は天使だ。本来ならばハエなどお前の神々しさに近寄ることすらためらうはずなのだが……あのハエはちょっと空気が読めなかったみたいだ。それを兼続は怒っているのだ」

幸「へえ、知りませんでした。私は天使なのですね」

左(だれか彼を止めてあげてほしい)

幸「そのハエはどうなったのですか?」

三「逃げた」

幸「逃げてしまったのですか」

三「そうだ逃げた。忌々しいな」

幸「そうですね」

兼「ひとつ、お前たちは勘違いをしているようだ」

三「?」

兼「ハエではない。山犬だ」

幸「……ああ、政宗殿のことでしたか!」

三「似たようなものだと思ったけれど違うのか」

兼「違うな。ハエは腐ったものにたかる。イコールで、幸村が腐ったものになってしまう。犬は強者に媚びるものだ」

幸「だから私は不潔ではないと」

兼「わかっている。だからこうして訂正している。山犬だ、と」

幸「そういえば、たしかに先ほど政宗殿にお会いいたしました」

三「元気だった?」

幸「ええ、いつものようにうるさいくらいにとても元気だったのですが、なぜか途端に苦しみだして……、おや、兼続殿」

兼「なんだ?」

幸「懐からワラが出ていますけれど」

兼「ああ、気にするな。ちょっとしたまじないだ」

幸「そうですか。非常食かと思いました」

兼「はっはっは、私はこんなもの食べないさ。山犬はどうだか知らんがな。山犬は」

左(呪っちゃったんだ)

三「それで、山犬は小屋に帰ったのか?」

兼「そりゃそうだろう。突然アポなしに幸村に会いに来て散々わめきちらしたかと思ったら急病だ。普通の神経だったら申し訳なくて小屋に帰るさ」

幸「いえ、あまりに苦しそうだったので私の屋敷で療養していただいて……」

兼「すまないちょっと用事を思い出したから私はそこの神社の大木へ行ってくるよ」

幸「え、でも、せっかく久しぶりにお会いできたというのに……。もう少し一緒にいられないでしょうか?」

兼「……幸村がそう言うんだったら、ちょっとだけな。ちょっとだけだぞ。普段はこんなことないんだから」

幸「ありがとうございます」

三「しかし山犬は幸村の屋敷にいるのか」

兼「普通の神経じゃ、そんなことできないよな。普通の神経じゃ」

幸「ええと、私が引き止めたのです。あまりに苦しそうだったので。……すみません、普通の神経では出来ないようなことを政宗殿に強要させてしまって……」

三「いや幸村、お前は正しいよ。だからしょんぼりするな」

兼「ああそうさ。普通の神経なら幸村の好意を無下にできるわけがない」

幸「それならよかった。政宗殿も初めは頑なに拒否されたのですが……」

三「なに? 幸村の好意を拒否したと?」

兼「好意を踏みにじるような不義の行いなど、普通の神経じゃできないよな。普通の神経じゃ」

左(今日は神経にこだわるな、この人)

幸「え? あの、えーと……。あ、お見舞い、行きますか?」

三(これは、幸村の屋敷に行くよい機会だぞ、兼続)

兼「……わかっている、三成。だが断る」

幸「えっ……、あ、すみません、突然に」

兼「ああ違うんだ幸村、お願いだからそんな辛そうに笑わないでくれ! 私はあの山犬にだけは近寄りたくないのだ。義に捧げたこの身が利と不義に侵されてしまうように思えてならないのだ。本来ならば幸村にもあの山犬に近寄ってほしくないのだが……」

三「しかし幸村はなぜあの男と親交を持つ?」

幸「いえ、あの、自ら望んでというよりも、あちらが私に構ってくださるので」

兼「……」ギャリギャリギャリギャリ

左(わっ、なんだこの音)

幸「……あの?」

兼「幸村、時には優しさも残酷なものになる。NOと言える日本人になりなさい。私は切にそう願う」

幸「NO」

兼「こんなときにハッキリ意思表示しなくたって!」

三「どうしてもあの男との親交を断つつもりはないのか?」

幸「はい」

兼「理由を聞いてもよいかな?」

幸「山犬でも利の狗でも不義者でも、一応、わずかな優しさを持っているお方ですから。その優しさがとんでもない方向に暴発してしまっていつも叫んでいるのですがあれは照れ隠しみたいなもので、ともかくトンデモなおもしろくて優しい人なのです。その優しさというものは彼の脳内でいつのまにか苛立ちに変わってしまいよく人を小ばかにするようにバカバカと言いますが、彼はとても聡いのできっとわかっているはずです。バカと言ったやつがバカだって。そんな政宗殿がとても素敵でなんだかよくわかりませんが好きです」

兼「聞いてもいいか? それは褒めているのか? 貶しているのか?」

幸「もちろん褒めていますよ?」

左(なんという毀誉褒貶)

三「まあ、幸村がそこまで言うのなら俺たちがとやかく言うものでもないが……」

兼「そうだな。……じゃあ幸村、私は先ほど言った用事があるので失礼する。山犬には早めに帰ってもらえ。……ほら、山犬にも山犬の生活があるだろう」

幸「はい。良くなりましたらすぐに帰ってもらいます」

三「……。病み上がりの人間を一人で帰すのは心苦しかろう。俺が付き添ってやる」

幸「わあ、きっと政宗殿も喜びます。でも素直ではないのできっと拒否されるでしょうけれど……」

三「なに、わかっている。どれほど拒絶されようと俺はきちんと送り届けよう」

兼「じゃあ、そういうことだ。またいつの日か会おう」

幸「はい、またお会いできる日を心待ちにしております。どうか息災で」

三「うむ」






01/24
(左近は空気が読める子だからなにも言わない)