「そう、そうですか。それはよかった。……いやいや、別に結論がよかったなんて思ってはおりませんよ。もちろんですとも。ただ、殿が殿であってよかったと左近は思っているだけです。……簡単なことですよ」
「そうだ、そうやってお前は笑い、いつも俺の頭を撫でる。幼子にするように。俺は子供ではないと何度も言った。でもお前はただ笑うだけだ。その笑顔は嫌いではなかった。なぜならそれは非常に暖かく、また安心できるものであったからだ。けれど俺は、今だけはその笑顔を見たくなかった。左近、俺はお前が少し怖い。お前はどうして笑っているのかが、俺には理解できないのだ。でも同時に相反する思いも持っている。お前には笑っていてほしい。笑っていることがお前の義務だ。多分そうとすら思っている。けれどお前は、こんな失礼な物言いにもやはり笑って笑い続けるだろう。だがそれを泥濘だと感じてしまった俺は、もはや、その笑顔を直視できぬ。なあ、教えてくれ。なぜお前は笑っている。なぜ、お前は俺に対して笑っている」



 とても単純で明快なことも、彼にはわからなかった。
 前々から人の感情に対して疎いところがあるな、とは思っていた。しかしそれは、『言葉にせずともわかる』という範疇での話だと思っていた。この様子でははっきり言葉にしたところで理解はしないだろうし、一筋縄ではいかないだろう。彼は自分に向けられる感情を意図して無意識に膜で覆ってしまっている。意図して無意識にというものが矛盾しているが彼の場合はこれでいい。
 難儀なお人。
 端的に、そして客観的に、さらにわかりやすく言えば、俺たちは死んでいた。俺は戦の最中に、彼は処刑という形で。
 俺と彼が会ったのは何もない場所だった。
 単純に彼との再会が喜ばしく笑ったのだったが、それがお気に召さなかったらしい。俺は今までどおりに笑っていたつもりだし、彼の嫌う情欲的なものは決して見せなかったはずだった。だが彼は俺を怖いと言う。
 彼が俺を恐れるのもまたおもしろいだろう。追われる恋よりも追う恋のほうがずっと燃える。だが、彼は一度拒絶してしまえば攻略が非常に難しい。
 俺と彼が会えたのは単なる偶然で、これからも共にまたできるのか、それとも刹那的な気まぐれなのかわからない。もし後者ならば、攻略は不可能だ。こういった繊細な問題には膨大な時間が必要なものだ。

「なぜ何も喋らない。俺はお前の(おそらくそれと思われる)忠言をことごとく聞き流し、挙句のこの結果だ。少しは怒ったり、呆れたり、哀しんだりできる要素は存分にあるだろう。それなのに、なぜ笑う。なぜ常のように笑った。お前の笑顔は模写されているのか。お前は自在にその笑みを浮かべられるのか。それは偽りなのか。それとも本心なのか。わからない、わからない」
「とても簡単なことですよ。だからそうおびえないでください。左近はこうしてまた殿のお顔を見ることが叶ったから笑っているだけですよ。だってそうではありませんか。もう二度とそのお姿を拝見することは叶わないと考えていたのですよ。それがなんの因果かこうしてまたお会いすることができたわけです。たったそれだけですよ。殿でもわかるでしょう? それとも殿は左近に会いとうなかったと?」
「それは違う」

 ゆるりと首を振り、彼は拳を作った。内にある感情を言葉にすることができないときにする癖のようなものだった。そういうとき、無理に続きを促してはならない。彼は、彼の順序でそれを音にしたがるのだ。
 俺は黙って、彼を見つめた。
 死してなお、彼は気高い。非常によく出来た芸術品だった。
 彼の死について、俺はその彼らしさにどこか嬉しくも思った。彼を知らない人は彼を武士らしかぬ醜さと感じるかもしれないけれど、彼を知れば本当にそれが美しいのか、ふと疑問を覚えてしまう。

「おや、手が冷えてらっしゃる」

 彼の手は冷えている。死人のそれを連想させる手だった。
 しかし、俺の手は彼よりもほんの少し暖かかった。彼の手に、少しでもこの熱が伝われば、きっと彼も落ち着きを取り戻すだろう。俺は彼に手を伸ばした。
 そして俺は目を覚ました。


「生きていた!」


 俺は多くの血に塗れ、繚乱する死体の中に一人眠っていた。






私はただ眠っていたかった








01/19
(色っぽいサコミツ 三成をだいすきな左近/色っぽい→CP が精一杯でした)