一悶着あるかとハラハラしていたらしい左近は、元気な笑顔で自己紹介を始めた少年を目の前にして、ようやく少し安堵したらしい。左近がなぜそこまで警戒するのか、わからないわけでもないがイタイケな少年を疑うのもほどほどにしたらいい。
「俺はゴン=フリークス。お兄さんたちは?」
「フリークス殿か。俺は石田三成と言う」
この少年は、幸村と少し似ている。なにがどう似ているかははっきりとしないが、属性、というのだろうか。それがひどく近しいもののように思え、子供と言えど敬意を表したかった。
しかし、変わった名前だ。
「ゴンでいいよ。イシダさんかあ」
ん? おかしいな。俺にしては珍しく歩み寄りを試みて、名前で呼ばせてもらったのに苗字でいいと言われるなんて(もしや、拒絶されているのか)。
そのとき、ようやく謎が解明した。どうやら苗字をファミリーネーム、名前をファーストネームと言うらしい。そして、ファミリーネームとファーストネームの場合、ファーストネーム、つまり名前が先にくる。つまり俺は名乗る場合、三成石田と名乗らなくてはならないのだ。
「逆だ。三成、石田。三成だ」
「あ……ミツナリ、さん?」
「そうだ。この男は左近、島。左近だ」
「左近です、どうも」
警戒報はいまだ発令中なのか、左近がなかなか口を開かないので俺が先に紹介しておいた。左近島。なんだかこうすると、左近という名前の島のようだ。
ゴンが左近に「よろしく!」と笑顔を見せていると、ゴンの隣を走っていた銀髪の少年がじっと俺と左近を睨んでいることに気付いた。いや、銀髪の少年だけではない。少年たちの後ろを走っている金髪の青年、サングラスをしたスーツの男もだ。
この銀髪の少年は年齢的なものを考えてもゴンと友人なのだろう。ならば後ろの青年たちはどうだろうか。ただ目の前で子供と話す俺を不思議に思っているのか、それとももっと速く走りたいのに俺たちが道を塞いでいるのか。いや、視線にわずかな警戒があることから、ゴンの連れかもしれない。
「あ、こっちは俺の友達の」
「キルア」
「そうキルア!」
銀髪の少年は、ゴンに名前を言われる前に自分で名乗った。
キルアと聞いたとき、左近の表情がいっそう険しくなった。そして冷や汗をかいている。まさか『俺より若いのにもう白髪なのか』なんてことは考えていないだろうな。もっと真剣なことであることを期待しておこう。
「よろしく。キルアでいいから」
「ん、ああ、よろしく。俺も好きに呼んでいい」
左近の様子が変なので、返事がおろそかになってしまった。しかしキルアという少年は気にした様子はない。
ちなみに、この流れは全て走りながら成されている。走るときに喋るとすぐに息が上がってしまうので避けたかったが、少年たち(主にゴン)は余裕といったそぶりであれこれ話しかけてくる。それらに答える前に、俺はひとつ気になっていたことを口にした。
「……後ろのあの二人は?」
「後ろの二人は、ここに来る途中で知り合ったんだ!」
「そうか」
ゴンの知り合いか。ならば俺に対し警戒する理由もある。ちょっとぶつかっただけで腕がなくなるような試験だ。知らない人間に対しすぐに気を許さないのは得策である。
しかしゴンは本当に話しやすいなにかがある。幸村と似ているが、話してみるとやはり全く違う。だが自然と気を許せてしまう、そういった独特の人懐こさがある(左近に対してはどういうわけか無効のようだが)。
話しかけられたわけでもない。だが、挨拶ぐらいはせねば失礼(不義)にあたると思い、軽く頭を下げた。
「俺は石田……違う。三成、石田と言う。よろ……」
「初めて会う人に対して会釈で済ませちゃいけません」
最後まで俺は喋れなかった。左近が俺の頭を思い切り下げたからだ。
最初の頃は左近もやんわり口にするだけで特にうるさくもなかった。むしろ、そう言った俺の態度がおもしろいと思っていた節もあり、別にどうでもよかったのだ(それに言われても、これが俺なのだからどうにもならないのだ)。だが最近になって、なぜか急に口うるさく、このように手を出すようになったのだ。それが俺を案じているからとわかってはいても、つまらん。非常につまらんのだ。
「この状況とはいえ、申し訳ありません」
「え……いやあ、別にいいんだけどよ。そんな畏まんなくたってよ……」
スーツの男が困り顔で頬をかいている。金髪の青年も困惑気味のようだ。
なにを左近が危惧しているかは知らないが、この状況で礼儀云々など言ってられるものか。たしかに、左近が口を酸っぱくして言ってきたように、いらぬ反感は買うかもしれぬが、この状況でその危惧はおかしいだろう。……いや、ぶつかって謝らなかっただけで腕がなくなる世界だから、その危惧もある意味では最もかもしれんが。
「改めて、俺は三成、石田。こっちは左近」
「俺はレオリオ。よろしくな」
「私はクラピカだ」
そういえば、俺はゴンにしかファミリーネームを教えてもらっていない。苗字がないのだろうか。となると、苗字があるゴンはそれなりに身分がある人間なのだろうか。……いや、苗字の有無は関係ないようだ。相手が名乗らないだけということで、几帳面に名乗っている自分がばかのようだ。
左近の警戒心は、先ほどの子供たちに対してよりかはやんわりとしたものになっていた。が、まだまだ予断は許せぬようだ。
あまりに左近の態度が目に余ったので、彼らから少し離れ、小声で話しかけた。
「左近、さっきから変だぞ。俺のほうが友好的に見えるなんて。天変地異の前触れか」
「殿は気付かないんですか?」
「なにに」
「あの銀髪の少年、すっごいくさいんですよ」
「は?」
くさいって、すごく失礼なことなのではないだろうか。少なくともこの世界は風呂に入る習慣があるし、便利な洗剤が多数ある。
「血の臭いが」
「キルアという子供から?」
「本当に、気付かないんですか? あんなに強い臭いなのに」
俺がおちょくっているとでも思っているのだろうか。左近は信じられないとでもいいたげな顔で俺の顔をじっと見つめる。わからないものはわからない。
「他の三人からはこれといってしませんけれど」
「お前、さっきから臭いの話ばっかりしているが、そんなに鼻がよかったか?」
「いいえ、平凡のつもりでしたが」
ふと俺は一つの仮説を思い立った。
走り始めて結構経つが、左近は普段運ぶのも苦労する重い剣を持っているというのに息一つ乱さず、汗もまったく姿を見せていない。対して俺は汗がしたたり、息も上がってきている。基礎体力のそもそもの違いもあるはずだが、おかしい。少しくらい汗をかいておかしくないではないか。人間ならば。
そして考えられるのは、突然変異だ。この世界では知識のない俺たちが不利である。それゆえ、疑問に思ったことを辞書のように頭にインプットしてゆくシステムがある。それと似たようなもので、左近(だけ)の基礎体力が格段に飛躍しているのではないか。なぜ俺はそのままなのかは知らないが。
「……左近、お前、五感、もしや六感まで、そして体力がレベルアップしているのかもしれんな」
「れべるあっぷ……、ああ、なんだかそんな気がしてきました」
「でも俺はなにもない。不愉快だ」
「まあいざとなったら左近がおぶって行きますよ」
それはもっと不愉快だ。
01/20
(一般人ではハンター試験の一次試験でばいばいしてしまいます。多少の付加能力はこのテの世界では常識なのだよ)