受け取ったプレートの番号は俺が五十一、左近が五十二。予想外に少なくて驚いた。初めにここへ踏み込んだときは、もっと大勢いるような、圧倒的なものを感じたのだが。一人が何人分もの覇気を持っているとでも言うのか。確かに俺は、そういう器は持ち合わせていないし今この場でこの者たち全てを相手にしろと言われたらたじろぐだろう。だが気に入らん。たかだか五十人程度に冷や汗をかいた自分が腹立たしい。
 左近もそう考えているのだろうか。いや左近は大人だから。そう思って左近を盗み見るが、特になにも気にした様子はなかった。ただ不便そうに自分の大きな武器を肩に乗せている(そんなに扱いにくいならばもっと小型のものにすればいいのに)。

「左近、俺はとても不愉快だ」

 雰囲気が重苦しい。なにかを口にすると、それら全てに聞き耳が立てられているのではないか、とすら錯覚する緊張感。嫌いではないのだが、なぜこのような目に遭っているのかが納得できていない。
 いきなり俺が不機嫌なところを見せたせいか、左近は困ったように首をかしげてしまった。

「不愉快と言われても」
「なにもかもだ。一度腹はくくったものの、なぜここに存在せねばならぬかが解せぬ。何者が俺たちを陥れたのかも解せぬ」
「だから、その解明の一歩がここなわけでしょう」

 確かにそうなのだが。しかし、いきなりこんなところに放り出されて不安になるなというほうが酷ではなかろうか。できることならば俺は今すぐにでも苛立ちのまま己の武器を振り回して様々な鬱憤を発散したいのだ(そんなことは、俺自身の矜持が許さないが)。
 何より気がかりなのは、ここに来る直前まで、俺は本当に何をしていたのだろうかということだった。それは確かに覚えていない。左近のことや、兼続、幸村、慶次、憎き家康のことは覚えている。しかし、ここに来る直前まで何を思い、何を考え、何をしようとしていたのか、定かではない。それが俺の逆鱗に触れそうで触れない。ただ、直感的にとても大切なことを残している。そんな気がしていた。

「不安なのは左近も一緒ですよ。それに、この世界は俺たちの知る世界とどうやら勝手が違うらしい」
「とは?」
「先ほどから、『ある事象に出会えばそのことに関連した記憶を引き出すことができる』という状況を試していましてね。頭の中で様々なことを考えていたのですよ。まあ、今左近が思いつくことなんて、本当に微々たるものばかりで、なんの足しにもなりませんが。ただ一つ、日ノ本という国は存在しない。似たような国はあるが、明確に違う。機械化された文明。そんなところです」
「さすが、と言っておこう」

 まさか、取り乱していてそんなこと思いつかなかったなんて言えまい。あくまで冷静に現実と向き合う左近は頼もしいと思う。そんなことは口が裂けても言えないが。
 ともかく俺も左近の言うとおり、『俺が当然だと思っている出来事』を考えることにする。当然だと思っている出来事を頭の中に描けば、その違いがわかるかもしれない。だが普段享受しているものがすぐに思い浮かんでくるほど、俺は純粋ではない。とりあえず、どうしても必要なもの。それはそろばんと筆。

「……確かに、ずいぶん勝手が違うみたいだな」
「でしょう?」
「まあ、使い方も知ることはできたが、そう簡単に体が順応するかどうか」

 慣れている筆やそろばんがまったく違うものになってしまっているなんて、少し心細いものだ。いやだが俺の隣には左近がいる。これだけは変わらぬ。そう考えると少しばかり気分が浮いてきた。
 そういったやり取りを何度か繰り返しているうちに、続々と人が増え始める。どうやら受験者らしい。最後尾の人間からすれば、俺たちはかなり前のほうにいることになる。もはや豆人間も見えぬし、入り口も小さいものだった。

「よう」

 さて次はなにがあるだろうか、そう意気込んでいたところだったが誰かが声をかけてきたようだ。いきなり出鼻をくじかれ、幸先は悪そうだ。
 無視する理由もなかったので振り返り、声の主を目に留める。俺よりも背が低く、そして年上の小汚い男である。なぜか俺の周りは背の高い人間ばかりで俺はいつも見下ろされていた。だから少し珍しく思った。なにより珍しかったのは、その男の鼻の形が四角いということだろうか。

「……はあ、どうも」

 困ったように、左近は無難に返事をする。その視線は鼻にべったりだった。俺も気になる。その鼻の形は。

「お前たちルーキーだな? 俺はトンパ。三十五回、この試験を受けているベテランだ。わからないことがあったらなんでも聞いてくれな」
「ルーキー……。ああ、そうだな。ルーキーだ」

 ルーキーってなんだ。そう思ったがすぐに別の言葉が変わりに思い当たった。新参者。そしてこのトンパという名前も、つまり、カタカナというもので漢字には当てはまらない。つまりはそういうことだ。そして芋づる式に別の知識も姿を見せる。言語はそこまで差異のないものだが、どうにも聞きなれる南蛮のものと思しき言語がない交ぜになっているようだ。今のようにすぐに置き換えられるからたいした問題にもなるまい。
 左近に視線を這わせると、左近も俺を見ていたようで目が合った。そして、苦笑を浮かべる。どうやら左近も解決したらしい。
 それにしても親切な男だ。わからないことがあったらなんでも聞いてくれと。この殺伐とした空間にある癒しである。幸村や兼続を思い出す気さくさだ。にこにこと笑顔を浮かべている様は、癒し以外のなにものでもない。

「そうですねえ。じゃ、さっそく聞いてみたいのですけれど。ハンター試験ってどんな内容なんでしょう?」

 俺がトンパという男に対しヒーリングを見出している間に(さっそく得た言葉を利用してみた)、左近は抜け目なく一番気になっていたことを質問した。それはとても重要だ。三十五回も試験を受けているならば熟知しているだろう。

「どんな、って言われてもなあ。毎年変わるモンだからな。試験ごとに試験官がいて、その試験官が出した試験をクリアしていくだけだ。内容は毎年変わる」

 そう簡単にトンパという男は言うが、三十五回目の試験という。難関ということなのだろう。しかし毎年変わるとなれば、対策も立てにくいな。願わば、専門的な分野ではないことだ。
 俺と似たようなことを考えているらしい左近も、難しい顔をして唸る。その左近の様子を緊張していると取ったのか、トンパはどこから取り出したのか、円筒状の三つの容器を取り出した。缶というものだ。

「まあ、そんな緊張すんなって。気楽にいこうぜ」

 そう言って、俺と左近に一つずつ缶を私、トンパはにっこりと笑った。
 缶の中には飲み物が入っているものだ。それを飲むためにはこの寝ているプルタブを指でつまみ、縦にする。本当に独自の文化である。そして、持ち運びが容易で便利であると思うと同時に、一度に飲んでしまわないと持ち運びは一気に面倒になる。
 初めて見る缶に興味がつきなかったので、ぐるぐると角度を変えて観察する。
 しばらくはとっておこう。どうやら普通に売っているものらしいが、記念だ。それに喉もかわいていない。いつ必要になるかわからないのだから、無駄に使用するわけにはいくまい。左近も似たような思いらしく、開けようとするそぶりすら見せなかった。

「警戒しなくたって、毒は入ってないぜ」

 トンパは自らの缶に手をかけ、一気に飲み干した。
 ああそうか。この中に毒を入れるという可能性も無きにしも非ずだったのか。

「なるほど。そうやって開けるのか」

 頭の中に知識としてあっても、実際に見るのとでは違う。百聞は一見にしかずとは言ったものだ。
 トンパは眉間にシワを寄せて不思議そうな顔をしてみせたが、特に何も追求することなく「じゃあな」と言って人ごみのなかに紛れていった。







01/20
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