「……左近、俺はできれば現在の状況を詳しく教えてほしいのだが」
「あー、奇遇ですね。俺も教えてほしいです」
「いや俺はお前に教えられることは何一つない」
「これまた奇遇。左近もありません」

 一体、ここはどこでどうしてここにいてなにをしなくてはならないのか。
 この状況だけでわかることはたった一つ。俺と左近はなぜか焼肉定食が用意されているエレベーターに乗っている。エレベーターがなにかは知らんが、エレベーターだという認識が必然的に存在するのでこれはエレベーター。
 どうやら乗り始めてそれほど時間も経っていないのか、焼肉はほどよい焼け具合である。

「……まあ、食うか。腹減ったし」
「そうですね、食べましょうか。ああ、左近が盛りますよ」

 箸を手に焼肉に手を伸ばしたところで、左近に制される。
 左近が肉の焼け具合を確かめている間、俺はまた状況確認に意識を向けた。俺と左近の武器は、しっかりある。出で立ちも戦に出るものとさして変わらない。だが、ここに来る瞬間のことも覚えていないし、それ以前になにをしていたかもよく覚えていない。ただうっすらと貝の音を聞いた覚えがあるから、戦に出るところだったのだろうか。
 だとしたらなぜここに。そして焼肉は一体。さらにエレベーターって。挙句、このエレベーターはどこへ向かっている。

「少し冷ましておいたので食べやすいですよ」
「ああ、すまないな」

 皿に盛られた焼肉を見て、憎い心遣いをしてくれるじゃないか、と心の中で惚気ているうちに、エレベーターはわずかに揺れて停止する。そして壁の一面が音を立てて左右にずれる。
 その先は、ひたすらに果ての見えない洞窟のような場所だった。そして数え切れないほどの厳しい顔つきの人間が一触即発の様相を呈し、顔を並べている。なんの予備知識もなかったが俺は『これは間違っている』と明確に思った。
 なにがどう間違っているかなんてよくよく考え直せばわからないことだが、確かに間違っているのだ。

「左近、どうにかしろ」
「左近に死ねと」

 焼肉を食む気概も完全に削げた。もともとそこまで貪欲になるほど空腹ではないものだったし、目の前にあったから食べようと思っただけだ。
 俺は今、この状況を理解し、どう打破するかで頭を悩ませる。
 彼らは俺たちに興味を無くし、すぐに視線を逸らせた。だがその後、どう考えても人間という境地を越えた、豆人間としか思えない人間に見慣れぬが(どういうわけか)数字と理解できる文字が書いてあるプレート(と理解できる円盤状の白い板)を受け取ったのだ。
 ええいややこしい。
 とどのつまり、豆人間からいきなり変なものを受け取って俺はどうしたらいいのか、ということだ。
 もともと左近に『どうにかしろ』と言ったのは、彼らがなにかしらの行動を起こした場合になんとか逃げようという意味合いのものだったが、それは意味がなくなった。そして次の問題が豆人間である。

「……いや、左近、俺はこの状況がますます理解できなくなったのだよ」
「俺もそんなところです。どうにかなりませんかね」

 どれほど悩んだところで思い当たる節なんてあってたまるものか、と思ってはいたのだが、なぜかエレベーターやプレート、数字といった、『知らないはずのことを理解している』という不可解な現象と同じことが起きていた。

「……ハンター試験、って左近、知っていたか」
「なぜか今思い出しましたよ」
「奇遇だな。なぜか今俺も思い当たったところだ」

 左近はそれを思い出すと表現した。当たらずとも遠からず。
 だが、俺はここに来る前までに左近とハンター試験って明日だよねーなんて話をしたことはないし、そんなことは夢にも見なかった。思い出す云々以前に、知らなかったのだ。正確に言うのならば、『今知った』。あるいは、『今、記憶が追加された』。そうとしか言いようがない。

「これは夢だろうか」
「いだっ」
「痛いのか。ならば現実か」

 左近のモミアゲを引き抜いたら、左近は涙目になって俺に猛抗議してきた。
 ともかくこれが現実というのならば、一体なぜ俺は俺の知り得ないことを知っているのか、そして誰が俺たちをこのような場所へ連れてきたのかという意図や明確な理由を理解し、元のところへ返してもらわなくてはならない。場合によっては条件が必要になる。そうなればその条件を満たさなくてはならない。
 今追加された知識によると、この世界はハンターという職種ではなくては入国できぬ国や、調べることができない事柄が多々あるようだ。
 ハンターになれば、つまり、ほとんど金銭がなくともたいていの公共施設が無償で利用できるうえに、手っ取り早い身分証明となる。ともなれば、この試験、受けぬ理由はない。
 もしハンターにならなければ、最悪の場合、俺たちをこのようなところへ連れてきた人間に辿り着くことすらも出来ぬかもしれない。万一、(考えにくいことだが)誰の意図も働いていないまったくの自然現象であったとしても、ハンターという職種であれば資料に不自由することはないだろう。
 とても不本意だが、俺はなにか大事なことを放り出してこの世界へ来てしまったような気がしている。一刻も早く、元の世界に戻らなくてはならない。

「殿の考えていることはおおよそ察してはいますけれど、これは思い出しました?」
「どれ?」
「数百万分の一の難関、ですって」
「……そうだな、確かに、受かる人間は少ないな」

 なるほど確かにそうだ。死亡率も高いようだ。
 ハンター試験というものがどういうものか直接的には知らないが、ここに集まっている人間から察するに、体力が大きく関係するものなのだろう。もし、万一勉学であったとしても、どうやらこの世界は独自の言語文化を育んでいるらしく、俺にはまだわからぬ(とはいえ、言葉、音へ下せば通じるのだから、発音は同じと考えてよい)。
 俺はあまり体力を駆使するものが得意というわけではないが、まったく出来ぬわけではない。それは希望的観測、楽観的というものだろうが、始めねば何も成せずに延々とその場に立ち尽くすのみである。それならば始めることも全くの損ではない。ただ、死んでしまったらなにも意味がないので、引き際を誤らなければよいのだ。

「まあ……、あまり乗り気はしませんが」
「そうか。俺もそうだ」
「あまりそのようには見えませんがねえ」
「俺はいつまでもこんな場所に居たい訳ではないからな。なんらかの行動を起こさねばどうにもならん」

 ここで駄々を捏ねて試験に受けないなんて言っても、結局、俺たちは受験者としてこの場にいるのだから、決定権は無いようなものだ。
 非常に腹立たしいものだったが。







01/11